元海上自衛隊幹部という異色の経歴をもつご住職がいるこの寺は、南北朝時代の1,343年、堺における法華経布教の開始拠点として創建された。1,536年の天文法難で京都の妙顕寺の住職らが妙法寺に身を寄せ、後に二条通と三条通の半ばあたりに再建されると、それに因んで妙法寺も「二条半」と呼ばれるように。この通称に倣い境内に「二畳半」の茶室を造ったのは、妙法寺の檀徒であり茶人の北向道陳。道陳はこの場所で千利休と出会い、その最初の師となった。
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